仕事ができるサラリーマンなんてなんの自慢にもならない

2016年4月10日仕事観

私は仕事ができるんだ、実績を上げてきたんだ、この会社で出世したんだ、みたいに偉そうにしている方、あなたの会社にもいませんか?一生懸命仕事してきたのはわかりますけどそんなの別に偉いわけじゃないですよね。

サラリーマンで頑張るのは非効率

だからって起業とかを勧めるつもりはありません。それは私の流儀じゃぁないもので。サラリーマンはどんなスタンスでいるべきか、というお話です。

どんな仕事でもやる人によってパフォーマンスが違うのは当たり前の話ですが、仮に同じ職場・部署で同じ仕事をして、パフォーマンスが10倍違いました、なんていう時に給料がそのまま十倍違う会社がアリますか?

外資コンサルとかで下の下の人と上の上の人が何十倍も違うなんてことはあるかもしれませんが、それはごく一部の特殊な例ですし、そもそも彼らは通常のサラリーマンという枠の外にいる存在です。

今時の若者っぽい言い回しで気に入らない人もいるかもしれませんが、ありきたりな言い方をすると「コスパが悪い」んですよね。仕事で稼いだお金は基本的に一旦会社に召し上げられて再配分される、それがサラリーマンの宿命です。

それが悪いとは思いませんよ、全ての人が何らかの労働をしなければならない社会のルールを実現するために構築された雇用者と被雇用者の契約関係ですからね。ある種素晴らしい仕組みです。

だからこそサラリーマンは適当にやっていくべきなんです。意図して手を抜けとかそういう話では無いですよ。気を抜くと人の命が危険にさらされるような重大な仕事を除いて同僚と無駄話をしながら軽く捌いていけるようなものであるべきなんですよ、仕事って。そして重大な仕事なら短時間労働で高給であるべき。

だって最も標準的な生き方ですよ、サラリーマンって

たまたま運が良かっただけでしょ?

サラリーマン稼業をしていく中でも個人の間のパフォーマンスの違いはどうしてもあるものですよね。自分に適した仕事だけをやっていけるわけでもないですし、体調や環境なんかでも結構変わってくるものです。

たまたま運が良くてパフォーマンスを発揮できた人が評価されただけで偉そうにする権利なんてありませんよ。そもそも仕事ができる人が偉いなんてことも組織の中で肩書が上位な人が偉いなんてこともありませんからね。業務上の指揮系統はあってもそれは身分の違いではない。

何を勘違いしてそんなに偉そうにできるのか。

ただの痛い人ですよね。時代もあってか私の周りではその手の勘違いをした肩書くんは見なくなりましたが・・・世の中にはまだまだいるような気がしてなりません。

そういう人は生暖かくスルーしましょう

お近づきにならない方が身のためです。もしその人が法律などのルールを破ろうとするような場合はしかるべき部署・機関に通報しましょう。得てしてそういう人はズレた仕事熱心さを発揮してくれてパワハラに走ったり強引な手法で仕事をしようとしたりしますからね。

というわけでサラリーマンで仕事できる自慢なんてカッコワルイですよ、というお話でした。
それではまた!