炎上プロジェクトの祝賀会

仕事観

某SIerでSEをしている私。先日、過去に関わった比較的大きめのプロジェクトの祝賀会的なもののお誘いがありました。気が進まなかったのでお断りしたのですが、散々炎上したプロジェクトの祝賀会なんてちょっと嫌だな、なんて思ったりしたわけです。その辺りのことを少々。

「終わり良ければ」・・・良くないだろ

何年たっても未成熟なSIの業界。何年経とうとも炎上するプロジェクトは無くならず、これだけの年月を経てこれだけの技術者が関わっている業界であるにもかかわらず一向に労働が安定しないこの業界。

まぁそもそも根本的な何かが間違ってるんだろうね、ということだけはわかりますが、その間違いを是正することはきっともう誰にも出来ないのでしょう。

SEになんかなっちゃいけないよ、ってことだね。

それはさておき散々炎上したプロジェクトも人と金を散々つぎ込んで何とか動くものを作る、と言ったことは良く行われます。この業界が多重下請け構造からいつまでも脱せないのは、いざというときに人と金をぶっこんでなんとか出来る企業しか一次請けになれないからかな、なんてて思ったりもしますけれど。

さて、往々にしてその火消しの過程で人が壊れていくわけです。壊れないまでも疲弊はします。寿命は確実に縮んでいるでしょう。にも関わらず無事に火が消えると何故か燃えていたことを忘れてしまうんですよね。

火種になった人たちを筆頭に。

どの企業も燃えた後はそれなりに反省するんでしょうけど、喉元をすぎれば忘れてしまうんです。熱さなんて。そして炎の中心にいた下請けの方々のことなど知る由もない。

大体炎の中心にいる人は火を消せる人であって、火を着けた人には火を消せないので、火事場に放火魔は居なくなっていることが多いですしね。

んで、無事火が消えた暁には炎から離れていた人で万歳三唱です。

酷い話だ。

苦労が実を結んだのだから祝おうというのも解る

理解できなくは無いですよ、モチロン。でもそんな気分にはならないかな、私の場合。それなりにイベントやってお疲れ様でした!と終わるならならそれでいいですが、往々にして「よく頑張った!感動した!」からの「俺たちは強い!」になるんですよね。

実力がなかったから炎上して苦労したわけで。その苦労を乗り切ったから自分たちには実力がある、ではないんですよ。

企業が新しいことにチャレンジしつつ苦労して成果を出して行く、というのはビジネスのお話ですから理解は出来ますが、如何せん我々は企業側の人間ではなく雇われの労働者です。

会社がどうなろうが適切な労働環境・労働条件の下に賃金がしっかり支払われる事が最も大事です。それ以外は全て些事です。

会社側のイベントにのこのこ出て行って祝賀ムードに騙されてまた仕事頑張ろう!なんて思うわけには行かないわけですよね。

会社の良いように騙されてる場合じゃない。

火を着けた奴が偉そうにしてる

タダ飯が食えそうなイベントではあるので参加しても良いのですが、行かない決定的な理由は火を着けたクズどもが偉そうにやってくるんですよね。

裁きの雷を!

とか言いたくなります。自分だけ火をつけて火事場から逃走したくせに「いや~大変だったね!」とか言っとるわけですわ。

不愉快極まりない。

ま、ただ嫌いな奴が沢山いるプロジェクトだったって話でも有りますけど。

おわりに

実際に苦労した下請けの人たちなんかには目もくれず自分たちが頑張りました、なんて気分になっている人たちとはあんまり一緒に仕事したくないですね。

そもそも仕事自体したくないですけど。

これからも適当に仕事をやり過ごしてお金を貯めて早く仕事からはさよならしたいですなぁ~。生きていくのにお金かかりすぎですよね、ホント。

それではまた!