人間関係に保険かけすぎてない?

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最近ふと思うことがあります。社会生活を人並みに営んでいると様々な人間関係を維持していく必要があるわけですが、その中には保険的な意味合いを含むものもあるのではないかと。何かに備えて不本意ながら維持しているような人間関係。心当たりはアリますでしょうか?

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不本意ながら維持している人間関係

例えば仕事上の人間関係なんてのは大概不本意なものでしょうけれど、コレは保険と言うよりうまいことやっとかないと今日明日にでも不都合が起きるものですからね。それは致し方無い話。

しかし一時期一緒に仕事をしていた気に入らない輩がいたとして、いつまた一緒になるかわからないからとりあえず笑顔で別れておくか、みたいな配慮をしたりしますよね。

これは保険をかけていると言って良い。

保険料はアナタのストレスといったところでしょうか。もちろん社内のローテーションで一緒に仕事をする可能性が高いなんていうリスクの高い事象に対しては高い掛け金(高いストレス)を掛けてリスクヘッジをしておくというのも大事なことではあるかもしれませんが・・。

基本、仕事の話が片付いたらガン無視でいいよそんな輩。

別の話でいうと、例えば親戚づきあいみたいなものは完全に保険でしょう。もちろんこれまで仲良くやってきてたまに合うのが楽しい間柄なら全く問題は無いですけどね。気に入らない親戚なんてよくある話じゃぁないですか。

自分の親族か配偶者の親族かといった違いや、どの程度離れている関係か、なんかも影響しますが、気に入らない親戚づきあいを無理に続けることになんかヘッジできるリスクがあるのか、みたいなことには一回思いを馳せるべきだと思います。

いざというときには助けになるかもしれない親戚というよくわからない代物ですが、率直にあまり関り合いになりたくない人が居た場合に、いざというときに役に立つのかと言うと甚だ疑問です。

会うたびにげんなりするような相手ならこの人と付き合い続けていって何かいいことがあるのか?と一度立ち止まって考えてみることも良いことでしょう。

自分の不快感を大事にした方がいい

日本人って我慢を美徳とする性質がありますからね。ろくでもない輩がいたとして、100%そいつの人格に問題がある場合でも我慢してうまく仕事を回す、親戚づきあいをしていく、なんていうことが正しい、当然とされる風潮がアリます。

しかも人格に問題がある方はさして責められず、うまく合わせられない周りの人間が何故か非難されたりもする。

日本人頭おかしいな。

自分がストレスを感じることに対しては客観的にその事実を見つめなおし、この相手は強い不快感を抱えてまでも付き合っていく価値のある相手なのか?と考えてみることをおすすめします。

もっと自分を大事にした方がいい。

我慢してまで付き合う価値のある人間はごく少数

そもそも人間関係ってそんなに大事なものではなくて、維持していかないとイケない人間関係なんてものは実はごく僅かなものです。

残念ながら大半はなんの役にも立ちません。

極論してしまえば経済的に自立してしまえば親ですら居ても居なくても大差ない人間ですからね。もちろん良好な親子関係が続いていればそれに越したことはありませんが、いるんでしょ、世の中にはクズみたいな親が。

運悪くそういういう親の元に生まれてしまった人は速やかに関係を断つことが望ましいこともありうるでしょう。社会通念上はどんなクズでも親は親、みたいな考え方をされることもあるかと思いますが、そーいう「一般的な考え方」みたいなものに振り回されて大きな苦痛に耐え続けるのは好ましいことではありません。

況やちょっとした親戚、ちょっとした仕事上の関係をや。

おわりに

人間関係ってものは定期的に整理、断捨離していったほうが快適に生きていけますよ。世の中には数多くの人と器用に付き合っていける人もいるらしいですけど、みんながみんなそんなに器用ではありませんよね。

人間関係、人との繋がりの価値なんてものはそんなに高いものではないということを冷静に認識した上で、身の回りの人の顔をもう一度品定めしてみてもいいかもしれませんよ。

それではまた!

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