中学生が本気でYouTuberを目指せる社会こそ望ましい

社会・政治

将来の夢を問われてYouTuberと答える子供が増えているなんて話が話題になる昨今ですけれども。嘆かわしい話と切って捨ててしまう残念な大人も当然多いわけですが、私はそうは思いませんね。良いじゃないですか、YouTuber。

好きなことで生きていく

YouTubeのテレビCMのキャッチフレーズですね。いい響きだと思いますよ。ただ、「好きなことで生きていく」のが夢あふれるキャッチフレーズとして成立してしまって居るという現状にこそ憂いを感じますよね。

世の中の大半の人が好きなことで生きていけてないからこそこのキャッチフレーズが成り立つのであって。好きでもない、いやむしろ嫌いなことを毎日こなし続けるという苦行に耐えている人が大半であると。

まさに仕方ないと自分を納得させる思考停止。

理不尽に耐えるのが大人?社会人?あまりにも未熟な思考じゃぁありませんか。理不尽に耐えなければ生きていけない世の中なのであれば誰がどう考えても世の中が悪いんですよ。仕組みを変えるべきだと考えるのが自然なはずだと思いますけどね。

「好きなことで生きていく」なんて言われると「好きなことをして生活の糧を得る」というニュアンスに聞こえてしまう人も多いかもしれませんが、真にあるべきは「好きなことだけやって生きていく」ですよね。

ただ生きていくだけなら何もしなくとも何ら不安はない、その上で嫌いなことは排除して好きなことだけをやって生きていく。今すぐにでは無理でも、将来実現すべき社会のあり方として完全に正しいですよね。

社会を構成する全ての人々がそれを目指して努力していくべきだし、少なくとも目指す方向として共感すべきなんですよ。

タイトルではYouTuberを例に上げましたが、画家でも小説家でもゲームクリエイターでもミュージシャンでもなんでも良いんですよ。これまでは何らかのクリエイティブな職業を目指す人はバイトしながら貧乏に耐えて陽の目を見るまで歯を食いしばらなければならなかった。

その上で挫折していった幾多の屍を踏み越えてごく僅かな人だけが成功をつかむことができたわけですよね。我々が享受する面白い・美しい・素晴らしい作品はそういった人たちが支払ったコストの上に成り立っていたわけです。

もっと色んな人が気軽にクリエイティブな職業を目指せたほうが世の中に良い作品がどんどん出てくる可能性は高まるのは言うまでもありません。あまつさえ技術の進歩によって人がヤルべき仕事と言うのはどんどんなくなっていくわけですから、人間は好きなことをガンガンやっていくべきなんですよ。

売れない芸術家になるのに貧乏生活というコストを支払う必要は無いんです。

「生きていく」は「無料」であるべき

私はベーシック・インカム論者ですが、形式はどうあれただ普通に生活していくのに労働を含むコストを負担しなければならないと言うのはいい加減限界に来ていると思います。

基礎的な衣食住を生産する技術は日々進歩しているわけですし、もう日本の生産技術で日本人を養う位の地力は充分ついていると思うんですよね。

後はどうやって分配していくかという制度の問題だけだと思うんですが、なぜ検討を進めようとしないのか。この国の人間は搾取されることに喜びを感じるドMと人が悶え苦しむのを見るのが大好きなドSの2種類しかいないんじゃないかと疑いたくなりますね。

さっさとしなさいよホント。

生活基盤の心配がなくなってこそ人間は人間らしく生きていけるんですよ。

それこそ子供が安心してYouTuberを目指せるくらいにね!

おわりに

夢のある社会のほうが楽しいに決まってるじゃない!という当たり前のお話。夢をかなえたいなら歯を食いしばって頑張るのが当たり前だって?

(  ゚,_ゝ゚)バカジャネーノ

それではまた!