Facebookを見て不幸になる人は自分の生き方が固まっていない人

Facebookをやっていると不幸になるという研究結果が出たなんて話をネットではよく目にします。私もFacebookはやっているのですが、人の幸せを垣間見て心を痛める、心を惑わされると言うのは、自分の確たる価値観が定まっていない人なのではないかと推測します。私見ですよ、私見。

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人の幸せが妬ましいということは

不惑の四十なんて言い方を良くしますけれど、年を取れば取るほど自分の価値観も固まってくるし、出来ること、出来ないこと、やりたいことなんかはある程度固まってくるものですよね。あ、私はまだ四十じゃないですけどね!

人の幸せが妬ましいということは目にしてしまった他人の幸せと自分の今の現状と比較して納得が行ってないということ。なぜアイツらだけあんなに楽しそうなんだ、なぜアイツらより自分の食事は侘びしいんだ、なんで自分には彼女がいない、友だちがいない。

いや、別にそんなガッツリ卑屈な人をイメージする必要も無いのですが、ああ~なんか楽しそうだなぁ~というのがちょっとずつ不満として溜まっていっている状態だということですね。自分の有り様に納得がいっていないからそういう不満がたまるんですよ。

手に入れようとするか見ないことにするか

ありきたりな話になってしまいますが、自分の有り様に納得が行かないなら納得出来るだけのものを手に入れようとすれば良い話。お金なのか彼女なのか友達なのか旨い飯なのかは知りませんけど。

それが難しそうだなぁ~という時はもう素直にFacebookをそっと閉じるしか無いですね。辛いだけだと思うので。

人の幸せには素直にいいね!

リアクションを強要される空気が息苦しかったりもするので好みの世界ですけど、いいね!ボタンを押そうが押すまいが人様の幸せは素直に喜んでおけばいいんじゃないかなぁ~と思いますけどね。

やさぐれてる人がばっかりが目に入る世の中もそれはそれで恐ろしいでしょう。目に入るなら楽しそうなもの、美味しそうなもの、面白そうなものがいい。くだらなくても別に構わないと思います。

全てが手に入るワケがない

自分にはコレさえあればいい、これで人生十分に満足だ、と思えるものを見つけることですね。一度満足してしまえば、自分が幸せであることに納得ができれば、他人の幸せに惑わされることもなくなるんじゃないかなぁ~と思います。

色々欲しがっちゃう人にはオススメの人生の諦め方がありますのでご一読ください!

おわりに

というわけでFacebookで不幸になっちゃう人の話をしてみました。人の幸せを見て妬ましいと思うことはなくなりましたけど、まだ四十じゃないですよ!というところだけは強調して〆たいと思います。

それではまた!