偏見は自分を守るために身に付けるべきスキルである

2015年12月14日

「偏見」という単語がいいイメージで使われることはあんまり無いですよね。確かに「偏った見方」なわけですから、ポジティブな意味では使われにくい。しかしながら全く偏見を持たずに生きていくことはとても難しくとても危険なことだと思います。

周りの人間がどういう偏見を持っているかを知るべし

世の中には多種多様な偏見があります。差別的な見方と言っても良いでしょう。性別かも知れないし、学歴かもしれないし、出身地かも知れないし、あるいは国籍かも知れない。

女性だからすぐ会社をやめてしまうだろう、学歴が低いから仕事もできないに違いない、逆に高学歴だからものすごく優秀に違いない、非差別地域の出身だから関わらないほうが良い、外国人が日本の商習慣に馴染むはずがない。

まぁケースは様々ですが人のバックグラウンドの一要素を持ってその人を判断する事例は現在でも根強く残っているでしょうし、当分消えるようなものでもないでしょう。このエントリでは偏見の是非を言いたいわけではなく、存在するものなんだからちゃんと知って置かないとイカンよ、という話をしたいです。

空気を読む前に見えていないといけない

根強く残る偏見はいわば常識です。その偏ったものの見方をする人に悪意があるわけではない(あるケースもあるでしょうけれど)。現代の感覚で言うと誤った認識であっても、それが一般的だった時期が少なからずあったりするわけです。

最近話題になった「同性愛は異常」という発言で叩かれた議員にしても、きっとその人の中ではさして問題のある感覚ではなかったのでしょう。一昔前であれはLGBTの存在もそれほど認知されていなかったでしょうから、それほど叩かれることもなかったはず。

そういう時代を生きてきた人の中では今でも「同性愛は異常」なのでしょう。コレほど叩かれた今でも「なんでこんなに叩かれるんだ・・・」なんて不思議がっているかもしれません。

で、そんな世の中を渡って行くには何が大切かというと、「こういう偏見を持っている人がいる」ということを認識・理解することです。良いか悪いかはまず置いておきましょう。

フラットな視点を持っておくことは大切なことですが、他人がどういうものの見方をするか、というのが見えていないと、集団の中では浮いてしまいます。同調圧力が大好きな日本人としてはちょっとやりづらいでしょう。

自分はフラットなものの見方ができていても、10人の集団の中で9人がなかなかの偏見の持ち主であった場合に、波風を立てないように他の9人に合わせたほうが得な場面と言うのは少なくありません。空気を読むって奴ですね。

その空気を読む場合でも他の9人のバックグラウンドやこれまでの傾向からその人がどんな偏見を持っているかが見えていないと空気を読もうにも読めない。なので世の中に蔓延する偏見って奴を認識・理解しないとうまく立ち回れませんよ、というお話。

もちろん持論を貫き通すことが必要な場面もありますよ!

そこんとこ勘違いなさらぬよう。

自分を守らなきゃいけない場面もあるでしょ

人間関係を考える上でも、ビジネスを考える上でもここは守っとけ!って言う場面があるでしょう。機嫌を損ねちゃいけない人がいたりもするでしょう。そういう人が今時流行らないバリバリに保守的な考え方をしてる人だったりもするでしょう。

そ~言う時に変なツッコミを入れてマズいことにならないようにしとかなきゃいけないよ、っていう話です。時代とともに常識なんていうのは変わっていくものですし、その世代ごとに染み付いた考え方があるでしょう。

そーいうのもちゃんと見えるように「偏見」を「スキル」として見ておいた方がいいですよ、って話です。

おわりに

個人的にはいい年して結婚もしないでブログに駄文を垂れ流している奴は人としてダメな奴だ!みたいな偏見が無くなってくれたら良いな、と思いますけどね。

それが偏見だと言い切る自信はあまりなし(゚Д゚)

ついでに自分は空気を読む人でもありませんし、間違っていると思えば突っ込んでしまうタイプだったりします。なんか損してる気もします。

それではまた!