ヘルシング・マクスウェル大司教の名言に見る宗教戦争の本質

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ヘルシングっていうちょっと頭のおかしい名作がアリましてですね。好きな人の間では有名なのですがちょっと一般向けではないかな。私はとても好きで今でもよく見るんですが、その中に登場するマクスウェル大司教の名言から宗教戦争を考えてみます。

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ヘルシングって?

簡単に言えば吸血鬼(バンパイア)を兵士として戦争を仕掛けてくるナチス兵の残党とそれに対抗する英国側擁するとっても強い吸血鬼との戦争のお話・・・ですな。

説明するのは結構難しいので見たことがない人は是非一度見ていただくことをおすすめしますよ。個人的には漫画よりもOVA(一度アニメ化はされたのですが原作に忠実ではなく、OVAとして再度リリースされました)がおすすめです。

寝る時にヘルシング10話のうちのどれかを見ながらウトウトするのが最近の習慣になってます。ちょっと特殊な癖になってますな。

今回の名言

OVAだと8巻、漫画だと7巻でのこのセリフ。バチカン特務局第13課のマクスウェル大司教がロンドン市街を爆撃しながら高笑いとともに。

死んだプロテスタントだけが良いプロテスタントだ!!

イギリスはプロテスタント、バチカンはカトリックなので仲悪いっす、ってのを大げさに描いたセリフですね。

イマドキ起こる戦争なんてもうそんなのだけですよ

狂信者の凶行(゚Д゚)

近頃話題のISISにしても9.11のテロにしても、敵を滅ぼすことが正義だと狂信するところまで行ってるっていうことですよね。それこそ死んだ敵だけがいい敵であると。

宗派の歴史とかテロを始めとする凶行に至るまでの経緯は色々有るんでしょうけれど、つまるところ敵を滅ぼさねば収まらんところまで信者の心が来てしまっている。

いまさらどうしようも無いんですよきっと。

今後戦争が起こるとしたら宗教がらみか独裁国家の暴走以外にはほぼあり得ないわけで、民主化された先進国同士が戦争行動に出るなんてことは想定されませんからね。

多くの宗教に寛容な日本は居心地がいい

他国の宗教に縛られた息苦しい様に比べて日本のユルさのなんと素晴らしいことか。日本じゃ日曜日に教会に礼拝に行ってもいいし、豚を食べなくても牛を食べなくても別に文句は言われない。

食えないものが入っていると文句を言ったって良い。

他の国でその国に根付いた宗教の文化とは異なる自分の宗教のしきたりを貫こうとしたらそうどこでもうまくいくわけではないでしょう。

やっぱり日本は特殊ですよね。

加えて日本では宗教的なものを何も信じなくて良い。この自由さは何よりも代えがたい日本の良さだと私は思います。宗教に頼らずともちゃんと行きていけるって進化した人間だと思うんですよね。

やっぱり日本人は未来に生きてるぜ!

どの国も日本のように宗教に寛容に、もしくは宗教を捨てることができれば戦争が起こるようなリスクも大分減るのになぁ~なんて思いますね。

おわりに

もっと歴史を深く学べば色んな人たちの立場や主張が見えてくるのかも知れませんが。そんな面倒な事やってられませんからねぇ。そんなもの専門家の人たちが勝手にやればいい。

どんなに歴史あるものであっても、宗教的なものは下らないものだと私は思っていますし、そんなものに染まってテロだの戦争だのなんてのは頭のおかしい物にしか思えない。

そんな面倒臭さのない日本は素晴らしいな、と改めて。

それではまた!

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