サラリーマンに「お世話になった」という感覚は不要

2016年4月10日仕事観

ずっと違和感を感じてきたんですよね。一緒に仕事をしたことがあるとか、一時指導される立場にあったとか、その手の関係で「昔お世話になった」っていう言い回しをするの。仕事上の付き合いは所詮業務としての行いに過ぎない、というのがサラリーマンの特権だというお話。

子供の頃からずっと疑問だった

子供の頃ということで学校の先生の話ですね。

学校の先生に指導される、授業を受ける。ぶっちゃけ向こうも仕事でやっていたわけですから、児童・生徒に何か特別な思いを持って指導していたわけではない(するべきではない)と思うわけですよ。

熱心に指導することは別に悪く無いですよ。それは自分の仕事、職務に対して熱意を持って取り組むということであって、人に思い入れを持つわけではない(持つべきではない)。

対して教育を受ける側はただ権利を行使している(親は義務を果たしている)に過ぎないわけじゃないですか。そこに特別な人間関係は発生し得ないと思うわけです。

これは社会人になった今、より強く私の感覚は正しかったと思えますね。

サラリーマンに人脈は不要

線引は微妙なところですが、仕事をしていく上で、例え営業のような仕事であったとしても、業務上は常に肩書を通した人脈を元にしていくべきだと思うわけですよ。

顧客との関係であっても、ビジネス・パートナーとの関係であっても、個人として相手と付き合って仕事をするなんてのはちょっとナンセンスですよね。

まして営業職でもなければマネージメントを担う人間がビルドしたチームの中で粛々と役割を果たしていくのが仕事です。

故に誰かに「お世話になる」ことなどあり得ない。

組織の歯車として働くことがサラリーマンのメリットでもありデメリットでもあるわけです。与えられた役割を果たす上で変な慣れ合いをしていかなければ仕事が成り立たないのだとすると、それはマネージメントが悪いだけのこと。

必要なリソースを調達するのは人と人との関係でよしなに計らうべきではなく、しっかりとリソースのマネジメントを行う中で調達されるべきものなのです。

他のチームのヘルプとか勝手にしたらおかしなことになるでしょ?

簡単に言えばそういうことです。負うべきコストは全て明らかにされた状態で負うべき組織が負担するルールを守らないとおかしなことになる。

社内の話でも社外の話でも同じです。社内のルールはきちんと守るべきだし、取引先とのやり取りは組織の人間としてドライに行わなければならない。

昔バカな先輩がいたなぁ

社内の人間関係については新入社員だった当時からドライに考えていた私。そんな私のことを快く思わない先輩が居たようで、「困ったときに助けてくれる人が人脈なんだ!」なんてことを偉そうに抜かしてましたね。

その先輩は仕事出来なさ過ぎて疎まれてましたよ(゚Д゚)

何が人脈だよっつー話ですわ。そういう意味で言えば私の方がまだ困ったときに助けて貰える位の貢献をしてきた感じなんですけどね。慣れ合ってりゃ助けてもらえるとかおバカな先輩でしたねぇ。

ま、どうでもいい話です。

おわりに

仮に人脈なるものが必要だとすれば起業とかを考えるような人だけじゃないですかね。立ち上げた当初は文字通りキャラクタで仕事を取ってこないと首がまわらない、なんてことも業種によってはあるでしょうからね。そういう人が人脈づくりに熱心なのは至極当然の話。

ただ、サラリーマンは会社に労働力を提供する契約を履行しているだけの存在ですからね。会社の肩書の中で、適正な労働条件の範囲で、淡々と仕事をしていくだけの存在です。

それ以上でもそれ以下でもない。あってはならない。

それがサラリーマンです。

それではまた!


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