諸悪の根源は人間関係!不要な人間関係は排除されるべき!

2016年3月10日社会・政治

世の中合わない人、嫌いな人、殺意を抑えるのに必死にならなければならない相手なんてのがどなたにも一人や二人や三人や四人や五人、いやいやそれ以上に居たりするものですよね。それが様々な悲劇を生んでいるにも関わらず、人は人間関係を重視する。それは良くない事です。

物心ついたときから悩まされている

それこそ保育園だ幼稚園だなんていうお年ごろから半ば強制的に狭い空間に大量の人間が閉じ込められて、その仲で「仲良くしましょう」なんていう理不尽なことが「正しい」と刷り込まれ続けて育っていくわけですからね。少なくとも日本では。

幼少期ならまだ良いかも知れませんが、小学校・中学校・高校・大学・社会人と一定のコミュニティの中でたまたまそこに居た人と長期間に渡って上手くやっていくことを求められる。

学校のレベル(年次)が上がっていく毎に閉じ込められる空間の狭さは緩和されていきますが、上手くやっていけというプレッシャーは上がっていきますよね。

社会人は今すぐ嬲り殺しにしたいと思うような相手と笑顔でコミュニケーションを取らなければならない。

まぁどーかしてますわな。どう考えてもどうかしているのに、耐えるのが正しい姿だとどの年齢層でも暗黙的に刷り込まれている。恐ろしい話です。

人間関係は人を殺す

人間関係に悩んで自殺する、なんて人は年代を問わず多く居ます。小中高生であればいじめで自殺なんて今や珍しくもない話です。大学生なら就活が上手く行かなくて自殺、社会人なら仕事を苦にして自殺。

逃げたくても逃げられない相手が社会の仕組み上存在するが故に人は水から死を選ぶんですよ。それが良くない。

いじめられている相手がいるのに否応無く学校に行かなければならない。面接で罵倒され、嘲笑の的にされた挙句不採用通知を受けるのがわかっていても就活に望まなければならない。クソ上司に嫌味を言われるために、理不尽にやり直せと命令されるために毎日職場に行かなければならない。

世の中の大半の人が閉じ込められた環境で周りと上手くやっていくことが良いことだと思い込んでいるわけですよ。苦しい思いをしている当事者を含めてね。

それが間違っている。

不要な人間関係は切り捨てられる世の中こそ美しい

 

たとえ親子の関係であっても切りたいときは切れる、というのが本当は望ましいんだと思いますよ。例えどんな関係であっても、身の危険を感じるときは逃げる事が出来る、と言うのは生きていく上で大きな安心になる。

虐待されている子供が親から逃げることができれば、いじめられている子供が学校から逃げることができれば、就活に苦しむ学生が、仕事に苦しむ社会人が仕事から逃げることができれば。

セーフティネットってそういうものでしょう。

そうでなくても付き合ってメリットの無い人とムリに付き合って行かなければならない状況は大きなストレスになりますし、何もいいことは無い。

世の中気の合うモノ同士だけで付き合って行けばいいじゃないですか。そのほうが人生も豊かになるし、クリエィティブな活動が出来ますよ。

金の切れ目が縁の切れ目

即ち縁を切るには金を切ってあげれば良い。

親が金銭を供給しなければ子供を育てられない状態を、学校に行かなければ将来就職出来なくて困るという状態を、仕事をしなければお金を稼げないという状態を。

これを打破すればいいわけです。だからベーシック・インカムをさっさと入れれば良いんですよね。いざというときは一人で生きていける、という状態が保証されればいつまでも人間関係に悩まされることもない。

健全な生活を送れますよ。

おわりに

そもそも人は人とコミュニケーションを取ることが無条件に好きなわけではないですからね。余計な関係はできるだけ排除したいと思うのは当然の話。

一例を挙げるなら、都心に住んでいると近所付き合いとかはほぼ無くなってますよね。それは人々がそう望んだからだと思います。田舎の方ではどうだか知らないですけど。

親戚づきあいだってなくなってきているでしょうし、必要の無いものはなくなっていく、というのが自然な流れでしょう。

「仕事だから」「当たり前のことだから」と言った感覚で合わない相手に付き合わなければならないなんていう世の中が早く是正されることを望みます。

それではまた!