人生にも定年が必要である

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老後の不安は誰しもが感じるものになってきた昨今ですよね。若い人であってもです。今の若い世代で自分が年老いた時に真っ当な暮らしができていると確信できる人はあまりいないのではないかとも思うような世相ではありますが。とりあえずいつ死ぬかわからない、と言うのが不安を増大させる一因だというお話。

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長生きのリスク

生命保険に加入するときなんかについでにライフプランの相談とかしたりしませんか?家族構成や収入と支出のバランスを考えてこれくらい貯蓄していかなきゃいけないとかそういう面倒な数字を見せられたりして。

私も1回相談させてもらった事があって、その時に「長生きのリスク」なんてのを言われた覚えがあります。

医療技術は日進月歩ですから、そう簡単に死ねなくなっている、という話です。比較的大きな病気をしてしまっても、ある程度お金さえ出せば助かってしまう様になってきているわけです。

「仕方ない、諦めて死にましょう。」自分で思うことも「仕方ない、諦めて死んでもらいましょう。」と周りが思ってくれることも基本的には無いわけですよ。

なので相当のリスクヘッジ、即ちお金を積んでおかないといけませんよ、という話になる。

ムリゲーって奴ですね。

人生にも定年があれば

自分がいつ死ぬか判っていればどれくらいお金を積めば良いのか大体見えてきますよね。別にその年齢になったら自殺しなさいとかそういうことじゃなくてですよ。

ある一定の年齢になったら大きな病気になっても高額な医療費のかかるような治療をムリに受けることは無くて、最低限苦痛を和らげるだけの治療をしてもらう、みたいな方向性をちゃんと話しておく、みたいなことが必要でしょ?っていう話です。

どうも死ぬことに対して以上に忌避感を感じる人が多すぎるような気がしますよね。人間いつかは死ぬことなど幼稚園時でも理解していることだというのに、いざ目の前にするとどうも避けたがる。

自分自身ではなく周りの人間が。

なのでその辺をちゃんと周りの人間とすりあわせておいたり、意思表示を書面に残しておいたりすることも必要な時代でしょ、って気がします。

おひとりさまなら簡単かな

自分が高齢者になるような頃には親も片付いているでしょうし、親類関係もガタガタ抜かすような輩はいなくなっていると思われるので、自分の死に様は自分で決められる様になっているでしょう。

そういう身の上の人はこれからどんどん増えていくでしょうし、それが悪い事だとは全く思いません。自分の死に様は自分で決める、それこそが人間らしい生き方だと思いますしね。

私は全然気にしませんが、死んだ後文字通り腐るのが嫌なんじゃい!という人は死んだ後いいタイミングで発見されるような仕掛けとか考えれば良いんですよ。

高齢者向けに定期的に訪ねてくれるサービスとか今だってあるでしょう?そういうのを活用してもいいですし、もっと未来なら心停止したら連絡が飛んで回収してくれるサービスとかできんじゃないの?

未来のことは全くわかりませんけど。

本当はアカギの如く

自分の決めたタイミングで穏やかに眠るように逝ける、というのが理想でしょうけどね。健康なまま安楽死はなかなか世の中が認めてくれないことでしょう。

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ケチくさいな(゚Д゚)

おわりに

実はわたくし今日が誕生日。節目の日付ともなると自分の死に様に思いを馳せたりしてしまいます。とりあえず一休宗純の名句を置いておきますね。

門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし

昔はみんな正月に歳を取ったので誕生日=正月=門松ということですね。

それではまた!

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